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第324回 百恵白書編

そして汗は乾いていない。

少し前に雑誌のコラムに書いた「生涯好きな歌ベスト第3位」が今もまだココロに引きずっている。こんな時間だ。

 

「酒場に来ている。シーナ&ロケッツの名曲「ピンナップ・ベイビー・ブルース」がかかっている。駅に貼られたポスターの中の女に恋するという名曲だ。作詞は糸井重里だったと思う。

俺は歌に引き込まれている。昔、好きだった歌だ。シーナがそれを歌っていた時代、その時に俺が過ごしていたあの場所やその顔ぶれが浮かぶようで浮かばない。目の前のグラスの酒の濃度は一定のはずなのに減るスピードが違う。この曲はウイスキーしか似合わない。それでもシーナが「ピンナップベイベ ピンナップベイベ」と歌っている。生涯好きな歌ベスト第7位にしておこう。

俺は58歳。あの頃から40年近く経った。あの頃は太陽が今よりもギラギラしていた気がする。どこを思い出しても汗があったような気がする。雑誌の中のグラビアも野球選手もロックなバンドや歌手や映画の中の俳優も作家も、街で見かける男も女も汗があったような気がする。実際はそんなはずないとは思うがなぜ今俺はあの頃に汗を感じているのか。

そしてあの頃とはどこのいつのことを指しているのか。そこには誰がいたのか。夏目雅子なのか山口百恵なのか、南佳孝なのか矢沢永吉なのか、ジェームス・ブラウンの名盤「HOT」なのかジョン・トラボルタなのかボブ・マーリーなのかウェスト・ロード・ブルース・バンドなのかザ・ノーコメンツなのか、714号の王貞治なのか、江川からホームランを打ったラインバックなのか。」

 

ということで今夜の裏寺・百練恒例聞いて語る祭は、山口百恵。全くもって相手にとって不足はありません。先ほどの続きは、

 

「そうこうしているうちにスピーカーからなんと!山口百恵の「イミテーション・ゴールド」が聞こえてきた。俺は思わず水割りをお代わりし「あかん、あかんて」の呪文を2回唱えた。「西日の強い部屋の片隅 彼が冷蔵庫バタンと閉じる」のイミテーション・ゴールドであり、「飲み干したけど今年のひとよ」のイミテーション・ゴールドだ。

そういえば山口百恵と俺は同い年だ。誕生日も近かったはずだ。あの頃、「GORO」という雑誌の篠山紀信の激写で出てきた山口百恵の黒い水着姿は強烈だった。今でもはっきりとあの数ページを覚えている。思えば、あの写真も雑誌にも汗を感じる。

今ここで表現している汗という正体はいったい何なんだろう。昭和でもないし欲望でもないし未成熟でもない。懸命でもないしどちらかといえば青さより赤さかもしれないし、熱は高いような気もするし匂いもすると思う。そして汗は乾いていない。

スナックには汗や唾もあるがカラオケボックスにはそれらがあるのか。甲子園には汗があるが東京ドームにはそれがあるのか。専門店にはそれがあるがコンビニにはそれがない。けれどもコンビニは便利なので汗判定を受けなくてもいいかもしれない。いったい俺は何がいいたいのだ。」

というわけでカマンベール。2016.6.23