京都・裏寺 メシと酒「百練」

第67回 ビギン編

お互い頑張りましょう。

クリーニングのあたってない男。

何かを遮るための、「ええから」というフレーズ。
俺はずっと同じ服を着ている。
広東麺と週刊現代。
ヒートテックは好きになれない。
卵に賞味期限。
「人生成り行き」と「行きがかりじょう」
どっちも混ぜて俺は生きている。
バーは誘いもしないし引き留めもしない。
行きがかりじょう、俺はポンになった。
吉田拓郎と京阪。
町内という世界、銭湯という土俵。戸川万吉か。
各停と車内広告とワイワイナワイモ。
街がきれいになると俺もいなくなるのか。
ヌルヌルしたもんをとったらカスカスのギスギス。

これらは俺がここ半年くらいに書いたコラムのタイトルや見出し。並べてみると傾向があるのがよくわかる。酒や塩気や油や街のそこらのもんが好きそうな、いいか悪いかは別にして、クリーニングのあたってない男な感じがする。愉しさというか生活における愉しさの基本は「いろいろある」ということだと思う。それをクリーニングのあたってない男が「いろいろあるんです」と言うと、因果も含めてつらいことも悲しいこともいいことも悪いこともあることは仕方がない、だから俺を許してくれ、だからあなたと飲もうじゃないか、と言っているように聞こえる。確かにいろいろある。だけれどその一方でいつもと同じそれじゃないとその男は地団駄を踏んでつまらなそうにする。いつもと同じ宵の口いつもと同じ店のいつもと同じ空気。いつもと同じ酒や肴を求めているのではない。まあ同じであってもかまわない。ドアを開ける前に望んだことがあってもなくてもかまわない。そしてお勘定をしてそこから出る時にその望んだことやものがあってもなくてもまったくかまわない。おそらくはドアを開ける時の望みなど覚えてもいない。ここまでこの原稿を書いていて俺は堂島サンボアを思い出した。そして向かった。

堂島サンボアなう。

午後五時半。まだ日は暮れてない。ドアを開けると店のそこここに磨き抜かれた真鍮が光っている。お客さんは二人。ひとりは壁際の低い椅子に座ってたぶんギムレットのオンザロックを飲まれている。年齢は70歳くらいか。ダークスーツを着てられる。もうひとりはカウンターでスコッチをスタンディングで飲んでられる。生地の厚そうなスリーピースのスーツ、ポケットチーフをしてられる。年齢は75歳くらいか、シワが深くていかにも酒が強そうな顔つきだ。俺もカウンターでスタンディング。スコッチの水割り。色が濃い。飲んでも濃かった。濃くてうれしいのか飲むのがつらいのかわからない。迷いながら飲み始める。何回来ても何杯飲んでもいつも迷っている。携帯で「堂島サンボアなう。」と、ツイートしたい。けれども携帯電話をさわらせない空気がある。決して先に来ておられる二人のお客さんに携帯を触るところを知られたくない。バーテンダーの方にも察知されたくない。かといって外に出たりトイレでというのもダメだと思った。仕方なく俺はカウンターの下に腕をぶらりとさせたまま携帯を見る動作はせずにかろうじて打ち込んだ。「堂島サンボアなう。」東日本大震災が起きて四日後の日の暮れだった。

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